我輩はネコではない!

沖縄には50年に一度 吹き荒れるという。 戦火、山火事、大火でもない。火種が無くて吹き荒れる悪魔の風  火風の正体とは。そこに現れるミミズ男の正体とは?

Fw: 1110 カニウマ

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本土のチャリンコ、いかにも可愛らしい呼び方だと感心させられられましたが、石垣島カニウマは、ユニークな情緒のある呼び方ではないだろうか。

他にも面白い方言があります。

例えば、昔を方言で言うと、「パ~ンティ」と言います。

高校時代、物語を方言で発表しようという事で、昔々、というくだりを、いきなり「パ~ンティー、パンティ・・・」 と切り出すと、女生徒がキャーと大笑い。

パンティーと解釈され、爆笑の内に物語は終わりました。

Fw: 1109 歓迎

----- Original Message -----

最近、南の国から輸入される果物等の呼び方を聞くと、アボガド、パパイヤ、マンゴウ、パイン等、島の方言にゴロ合いが、ぴったり合う発音に驚かされ、少なくとも日本の南端地区では、南方説を裏付ける現象がみられます。

また、「ようこそいらっしゃいませ」という、歓迎の言葉を「オーリ、トーリ」 と表現。

石垣島の商店街のアーケードに、この言葉が大きく、「おーり とーり」と掲げられています。

しかし、ほとんどの観光客は、「おーり 通り」と通り名を連想。

通りとは全く別な場所で、歓迎の「ようこそ、いらっしゃいませ」、「おーり とーり」の立て看板に出会うと、初めて疑問を感じ、正しい解釈をするようになります。

おかしな事に、石垣島の人通りの一番多い交差点に、カニウマの二人乗りは、やめましょうと、大きな立て看板。

本土の人は、蟹のように、横歩きをする、珍馬がいるのかと、興味をそそられますが、実は、カニウマの二人乗りとは、自転車の二人乗りの事で、

自転車の事を、カニウマ と言うのです。

金馬(カネウマ)が訛ってカニウマ??

Fw: 1108 パーイ

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個人的な推測ですが、食べるパンの語源が、どこから来たのかは分かりませんが、その昔、小麦粉を足で踏みこね、発酵させたか、麦踏の足に関係しているのではないだろうか。

そして、足の事を、パンと呼ぶので、この食べ物をパンと、名付けたのではないかと、大胆な推測をしていました。

この地区は、島により多少方言の違いはありますが、黒島では殆んど「パ、ピ、プ、ペ、ポ」「ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ」等の発音だらけで、日本の五十音の発音だけで構成される言葉は、あまり見当りません。

私を方言で言うと「バー」、太陽が「ティダ」、鎌が「ガッキ」、笛が「ピーラキ」、太るが「パンタル」、逃げるが「ピンギル」、てんぷらが「パンビン」等、載げれば限がなく、日本にそのような言葉があるのだろうか、と疑いたくなりますが、紛れもない事実。

何んの因果か、ハブの事も「パン」と呼び、足、ハブ、パンを方言で言うと、パン、パン、パンになり、てんぷら、太る、逃げるが、「パンビン、パンタル、ピンギル」。

Fw: 1107 ルーツ

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日本人のルーツは、南方説、北方説、中国説と、色々議論されていますが、南端の黒島では、南方説を裏付ける、珍しい方言が残っています。

例えば、農耕に使うクワの呼び方ですが、島では、「パーイ」と呼びます。

言語学者によると、ペルーの山奥の原住民が、同じ「パーイ」と、呼ぶとの事。

どうしてこのような事が起きるのか、学者自身も不思議がっていました。

一説によると、ペルーやミクロネシア諸島等、赤道付近の島から、黒潮により言葉や生活様式が、運ばれたのではないか、と言われています。

更に不思議なこ事に、島では、足の事を食べるパンと同じ、パンと発音します。

もしかすると、南の島で、足の事を、パンと呼ぶ所が、あるのではないだろうか。

Fw: 1106 新しい命

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生き延びたい、と願いながらも、飢え等で消えゆく命を見る時、何のために生まれて来たのか。

人間として最低限、鼓動を維持出来る食糧が、確保されるべきではないかと、考えさせられます。

命の誕生、精子卵子が合体した時点で、鼓動はスタート。

細胞分裂で肉体が育まれ、その上に精神が芽生え、一人の人間として成長。

そして人々は、己の分身、証として新しい命を引き継いで行きます。

しかし、鼓動が停止した時点で肉体は滅び、精神は、瞬時に消滅する。

鼓動は、万人平等に与えられた最大の宝。

何故、脈打っているのか?

止まる前に、何をなすべきか?

今一度、人間の"命の原点である、”鼓動”と言う側面から己自身や人生を見、物事を見定める必要があるのではないだろうか。

人々が、人種や国境を越え、お互いの鼓動を尊重し合い、地球全体が、幸せの鼓動の響きで覆われん事を願っております。

Fw:1105 ご苦労さん!

----- Original Message -----

 

きのうも、明日もご苦労さん!

どんなに、どんなに辛くても。

泣く事、知らない鼓動さん。

打ってみせます、淡々と・・

淋しがり屋の、精神さん!

泣き虫、弱虫、飛んで行け!

そうです、我々の精神は、淋しがり屋で、泣き虫です。

しかし、鼓動は泣きません。

しっかりとした足取りで、辛かろうが、嵐が来ようが、淡々と打ち続け、精神も一緒に頑張ろう、と元気ずけ、導いてくれる事でしょう。

人は、一人ぼっちだと思うから、辛いんです。

寂しいんです。

愛する人を失い、生きる事すら辛く寂しい時、貴方を命ある限り、励まし続ける・・

そうです、頼りになる味方が、身内にいたのです。

生涯の伴侶が、出来たのです。

現時点でスタートする鼓動や、最後の一鼓、役目を終わる鼓動あり。

例え五十億個の一つでも、響きに無意味はなく、人種や貧富、男女や宗教の差別や区別なく、全ての人に平等に脈打つこの鼓動。

Fw:1104 残せる人生

----- Original Message -----

値千金で、感謝せざるを得ません。

これほどすばらしい鼓動でも、一度止まったら終点。

例え、栄耀栄華を極め、いかなる名声を得ようとも、間違いなく止まる宿命を帯び、ただひたすら打ち続ける。

これしかなく、無意味に打たせれば、白髪とシワが増えるだけ。

しかし、精神には終点がありません。

音楽や芸術の世界、生き方など、先人達が残してくれた思想や、素晴らしい作品に、何百年後でも感動させられ、小さな事でもいい、自分の子供にだけでもいい。

何かを残せる人生を、歩みたいものです。

一人ぼっちで寂しい時、人生の嵐が襲い掛かり、苦しい時、そっと胸に手を当て、生まれた時と変わらない、清らかな響きで打ち続ける、鼓動との対話を試みてみましょう。

今まで、何十年間、動き続けたのだろうか?

精神が全てを休め、ぐっすり眠っている間も、暗闇、孤独、何のそのと打ち続けるだけ。

ひと休みしたいだろう・・

疲れるだろうに・・

これから先、何十年間、動いてくれるのだろうか・・

Fw: 1103 値千金

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そして長い人生を考えた場合、我々の鼓動は、一分間に七三回打つとすると、一日に十万回以上、八十歳まで生きるとして計算すると、なんと三十億回以上も打つ事になります。

体内に張り巡らされた血管の総延長と、片時も休む事なく、三十億回以上も血液を送り続け、回収する作業。

しかも酸素やビタミンなどの量を調節し、八十年も打ち続けるのです。

地球を何周するのだろうか?

生涯、どれだけのエネルギーを生み出すのだろうか?

いかに技術が進んだ現在でも、部品交換なしに八十年間、動き続ける機械を作る事は不可能。

己の持てるパワーの偉大さ、改めて考えさせられます。

脳死という言葉がありますが、脳が死んでも鼓動は続いており、逆は成り立ちません。

不幸にして道半ば、やむなく止まる事を宣告され、残る鼓動をどう使うべきか、と思案に暮れる人生があるかと思うと、朝の目覚めに己の鼓動へ触れる時、昨夜来、全ての機能が休んでいる間も、元気に続けるこの響き。

Fw: 1102 どう対応すべきか

----- Original Message -----

この一方通行のスケール上で、家族や人生を考えると、子供の進学や成人の時、自分は何歳で、子供達と、どのような会話が必要か。

教育資金が、一番必要な時期に、どう対応すべきか。

定年時、家族の年齢や状況が、どうなっているか。

位置付けが、よく理解出来、今後の展開等、色々な新しい事が、発見出来るかと思います。

人生は不確定要素があり、完璧とはいきませんが、決して後戻りの出来ない、一方通行のスケール上で、物事を考え、

人生の目標なりを設定する事により、毎年繰り返す事柄と、五年や十年、生涯を通して貫く事が、年代ごとに計画され、

己の人生が、より良きドラマとして演出出来、かなりの精度で、人生の青写真なり、予測なりが出来るのではないだろうか。

Fw: 1101 東京でハブジャンプ

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ハブが出るはずもない、アスファルトに覆われた東京のど真ん中で、子供の頃から、命に関わる本能として覚えた、見事なハブジャンプが出てしまったのです。

改めて、ごめんなさい!

ごめんなさい!

ごめんなさい!

(黒島は今、ほとんど牧場となり、ネズミも激減、そのため、ハブもほとんどいません)

我々の日常は、朝晩寝起きし、時計は回転して元に戻り、一年が終ると、また新しい年を迎える、が繰り返されています。

人生もまた、繰り返しの連続のように錯覚しがちですが、繰り返し以外にも、子供の誕生や親との別れ等、繰り返す事の少ない事もあり、人生が成り立っています。

人生を80歳まで、生きられると計算し、80センチの物差しに置き換えて見ましょう。

物差しの10ミリを12か月単位に置き換え、仕事や結婚の経歴、上段には親の年齢で、下段には女房や子供達の年齢を棒線で記入。

Fw: 1100 怒鳴られる

----- Original Message -----

これは、子供の時から、親に教えられなくても、自然に出てくる行為。

それが出来なければ、猛毒を持ったハブに、間違いなく噛まれていた事でしょう。

上京して間もない頃、歩道を横断中、なにげなしに足元を見た瞬間、ハブが現れ、思わずガニ股、ハブジャンプ!。

自転車で横を通り過ぎようとした、おじさんと、もろにぶつかり、怒鳴られました。

まっすぐ歩けば、いいだろうに!

わざと、やったんだろう!

謝るしかありません。

前方には誰もいない、すれ違う人もなく、見通しの良い歩道。

いきなり、思いっ切りガニ股で、横っ跳びに出る行為は、自転車めがけ、体当たりをして来た、としか思えないはずで、怒鳴らない人は皆無でしょう。

「ハブが出たので、ハブジャンプをしたのですが・・」と説明しても分かってもらえません。

よく見ると、ハブではなく、ネクタイが落ちており、それがハブに見えたのです。

Fw: 1098 好奇心

----- Original Message -----

不思議に思い聞くと、風で感じるとの返事。

魚の臭いがする訳でもなく、どうしてだろう?

再度尋ねると、海から吹いて来る風の温度で、北上する黒潮の水温を体感。

近海を、どの魚種が回遊して行くのか、当てるとの事である。

また、ある虫が発生すると、ある魚種が近海に集まっている、と言う虫との間違いない関連もあります。

小さな島、周りの海から吹いて来る風、虫などの情報は、生きて行く大事な知恵でした。

ひかるが子供の頃、島の収入源は、サトウキビ生産で、サトウキビは、ネズミの格好の餌。

ネズミが繁殖し、その天敵として、猛毒を持ったハブが、大繁殖していました。

ハブは、脱皮をするので、皮を見ると、どれくらいの大きさか、ハブの棲家が、どの近辺かは、子供同士の情報交換で察知出来ます。

しかしハブは、かなりの行動範囲を持っているので、常に心の準備が必要でした。

ハブに噛まれた人を数多く見、ひかるも噛まれる直前の危険な目に何度か遭い、毒の猛威は、嫌という程知り尽くしていました。

噛み所によっては、命に関わります。

昔からの知恵で、島の道には、真っ白い砂を敷きつめてあり、美観の問題は勿論、夜道を歩く時、ハブが発見可能なように出来ています。

石垣の合間から、ハブが出てきた瞬間、本能的に、ガニ股で飛び退きます。

いわゆる、究極の「ハブジャンプ」です。

Fw: 1097 ペア性器

----- Original Message -----

また、ハブの性器は、メスには二つ、オスには四つあります。

数が合わないので、疑問に思いますが、オスの性器は、ペアになっており、しかもイボイボ状。

ペアでメスの性器へ挿入し、交尾。

蛇体は絞め縄の如く、もつれ喰い込み、飲まず食わず、執念深くエキスをむさぼりあう。

その姿はすさまじく、犬や牛馬の交尾とは比較にならず、ゾクゾクとさせられます。

しかし、ハブは害のみにあらず。

初夢にハブを見ると、大金が転がり込む、金運の女神、とも言われています。

興味は、海へも向けられます。

魚のヒレに切れ目を入れた場合、まともに泳げるか実験。

必死に、尾ビレで舵を取るにも、ほろ酔いチドリ泳ぎ。

残酷な事をしてしまった、と後悔させられました。

ある時、父が空を見上げ、急に、今日は、ハトッシ(方言魚名)が、大量に捕れる日だと、漁へ出かけ、間違いなく、言った通りの魚種を捕って来るのを目撃。

陸に居ながら、何んで海中の魚の事が分かるのだろうか?

Fw: 1096 臆病な生き物

----- Original Message -----

一度、人間が巣を見つけ、近づいた気配が感じられると、警戒し、二度と巣には戻りません。

多分、人間の匂いを感じるのでしょう。

我が子より、我が命を大事にする、臆病な生き物。

普段は、楽しく飛び回っているスズメやひばり達、台風の時どうするのだろうか。

台風を避け、遠くへ逃げるはずは無い。台風を避け、数十キロ先の島へ逃げ、翌日その島へ舞い戻って来る事は、とうてい考えられません。

それが証拠に、台風が過ぎ去った翌日には、元気よく飛び回っているのです。

その疑問は解けました。

小鳥達は、危険が迫った時、岩穴で台風が過ぎ去るのを、じっと待っているのです。

彼らは、どうしたら尊い命を守れるか、心得ていたのです。

我々も、小鳥の生き方に見習うべきではないだろうか。

時代のうねりや大きな組織力で、一人で立ち向かっては、どうしようもない事が、しばしば身に振り掛かります。

何も一人で立ち向かい、尊い命を落とす必要はなく、厳しい嵐が自分に振り掛かった時、岩穴でじっと時を待ち、思案する事も必要。

嵐が通り過ぎた時、思いっ切り行動に出ましょう。